たかさご選挙.com

高砂市の市政情報を発信しつつ、高砂市を想い行動されている方を応援するブログです。

ふじもり誠さん

みんなと共に、みんなのためのまちづくり!

f:id:takasagochoice:20220728162149j:image

正々堂々と真正面から

私は普段から、正々堂々と生きていきたいというふうに、信念を持ってやってるつもりです。人から見たらまだまだと言われるかもしれないけど、政治活動にしても、私生活でも、100点満点ではなくても、何事にも逃げずに真正面から取り組んでいくことを肝に銘じてやってます。子供にもそういう姿を見せていきたいし、基本的には正面玄関からね、真正面から行くタイプなんですよ。

 

絡め手という考え方も、民間企業で営業畑を32年間務め、色んな方々とのお付き合いでお世話になり、教えてもらいました。取締役の一席にも就かせてもらいましたので、そんな考え方は知ってました。でも、仕事にしても、人と相対するにしても、変に策を練ったり、小手先でやろうとすると上手くいかない。人に対しては特にそうです。下手な考え休むに似たりですね。

私はもともと頭も要領も悪いし、やっぱり正面玄関から礼儀を尽くして、自分のお願いを受けていただけるように取り組まないとね。誠意というのはどんなとこから感じられるのかっていうのは、営業活動から学んだことなんですね。そんなとこからも、「感謝」と「謙虚」という言葉が大好きですね。

 

Q.議員になられた経緯

54歳の時ですね。ですから、平成17年に曽根町内の方々から「市議会議員に出たらどないや?」とのお話がありました。元々、私にはその素地があり、政治には若い頃からも非常に興味があったんですよ。ただ、自分の人間的な部分、未熟さも含めて、多くの人に支えていただいて、出るほどの人間でも男でもないしなあと。政治、高砂市への想いは持ってたけど、地元でもないから。私の出身は北播加東市なんですよ。

ひょんな出逢いで加東市から曽根へ
昭和51年の衆議院選挙で、渡海紀三朗先生のお父さんの渡海元三郎先生の選挙のお手伝いに行ったんですよ。高砂駅の南にあった選挙事務所で、家内とひょんなことから知り合って、とんとん拍子に話が進み、昭和53年2月から曽根に住むことになったんです。


ご存知のように、秋祭りは市内の各地区とも賑やかでしょう。私も祭り馬鹿でね、曽根に住んですぐに祭りの活動に参加させてもらい、だいぶ町内でも私のことを覚えてもらってきたし、仕事が車の営業活動で、お客さんの数も市内で増えてきたし。そんな中で、その気になってきて、家内にも怒られるし、口喧嘩もしたけれども、半年近く考えて、出る決断をしたんです。

平成18年の2月に会社も退職し、退路を断って、政治活動に邁進することで曽根の皆さんを中心に多くの方に迷惑をかけてね。それで、今回は5期目に挑戦しようということですわ。

 

Q.議員として大切にしていること

 

命と暮らしを水害から守る
何をどうしようという思いで出たのかっていうと、それはね、活動を始めた時からもそうでしたけど、それまでも強く思ってたのが、やっぱり水害なんですよね。

台風が来る、大雨が降ると、必ず町内の各所で道路冠水するし、私の自宅の前面道路も、30ミリ前後の雨量で道路冠水して、度々の道路舗装で道路面の方が住宅の玄関よりも今は高くなっているから、玄関や床下に流れ込んでくるんですよ。道路が土だった頃は玄関の敷居の方が高かったようだけど、最近では私の自宅周辺で度々床下浸水が起きてたんですよ。

議員になろうとする平成17〜18年の頃は、障がいを持っておられる方や高齢者の老々介護世帯、あるいは高齢者の一人暮らしで子供さんも遠方に居られるのであまり面倒をみれない、周りの皆さんに助けてもらってなんとか生活できてる方などなどの状況を目の当たりにする状況でしたから、高齢者・障がい者福祉なども勉強して取り組まないといけないっていう気持ちは持ってました。

けど、まずは大雨警報が出ようが、台風が来るという予報が流れても、また畳を上げないといけないという心配をせずに、安心してゆっくりと過ごして頂ける町をつくるためにどうしたらいいのか、自然に勝てるはずもないんだけど、今できる範囲の中で、最低50ミリぐらいの雨量だったら何とかしのげる町にしたいなと。

 

曽根のことをあまりにも重視しすぎって怒られることもあるけど、まず助けてあげないといけない。その水害・・・、ごめんなさいね!水害の話をすると、一人のおばあさんのことを思い出すんです。もう亡くなられましたけど、「藤森さん、また警報がでるってテレビで言うてたけど、今畳上げとかなあかんのかな?」ってね。お一人暮らしで、上げに行きましたよ。おばあちゃんが涙流しながら一生懸命で。もう80歳過ぎでしたね。水害の話になると、そのことを思い出して、未だにちょっと目がウルウルですよ。水害を何とかしないといけないっていうのは、私の政治活動、議員活動の原点になったんですね。

 

安心して住める町の原点って一体何なのか?私の住んでる場所がまさにその地区ですから、これをまず解消しないと。安心して家に居れず、避難しないといけない。安住の場である自宅が何度も脅かされる、そんな町でええんですか? そこが住み良い町の原点でしょう。

f:id:takasagochoice:20220728120952j:imagef:id:takasagochoice:20220728120956j:image

Q.高砂市の課題

 

高砂市にはたくさんの課題がありますが、大きな課題としては、やはり人口減少ですね。根本的には国策によるところが大きいですが、市の存続にも関わることですし、何としても歯止めを掛けないと駄目です。子育て、医療福祉、商業活性化、災害や環境への対策など、相当幅広い施策をどれ一つたりとも欠けることなく取り組まないといけない重要な課題ですよね。そんな中で、55歳という年齢で議員になってるので、短期間で的を絞って取り組むしかないと考えてましたね。それが地元の皆さんをはじめ、多くの方々からの要望だった水害対策ですね。

 

水との戦いの歴史

歴史を勉強してはる先輩に教えてもらいました。やっぱり、この東播磨は水との戦いの歴史なんですよ。少し高台にある稲美町は大昔から農業用水を確保するため、知恵を絞ってため池を造った。播磨町は江戸時代の初期に、加古川市八幡町から播磨町役場付近のため池まで水路を造って、加古川の水を引っ張ってるんですよ。大事業ですよね。高砂市では加古川の本流は市役所の方に流れていたようです。今の加古川の本流が支流で、その中にあったのが中島地区ですね。加古川は暴れ川だったようで、治水対策に苦労してきた歴史がありますね。現市役所の地盤は砂地なので、新庁舎はその辺の対策もしっかりやってますよね。

 

昭和51年9月の大水害以降、度々の水害発生

昭和51年9月の台風17号による大水害が市内各所で発生しました。私はこの頃はまだ北播に居ましたからテレビでその凄い水害状況を見てました。自衛隊や消防署の大きなボートが避難者を乗せて、行き交ってましたね。それ以降、私が曽根に住まいしてからも、毎年のように道路冠水や床下浸水が発生してました。平成2年や16年などは床上や床下被害もあり、割と大きかったですね。そして議員になってからの平成23年の9月の台風12号の大水害ですよ。これはもう、市内全域で被害出ましたけど、曽根町内はひどい状況でした。地元の皆さんから強く何とかして欲しいと。


安心して体を休められる町にしてほしいっていうのが、地元だけでなくもう7割ぐらいの方から水害対策を何とかしてほしいと言われました。そりゃあ市民サービスについて、さっきも言いましたけど、子育て、福祉、医療、教育など、色んな手立てが必要だということもありましたが、大半の方から「藤森さん水害対策何とかして」と。そんなことで、私なりに目一杯取り組んできましたよ。ちなみに、平成25年、27年、29年の市民満足度調査でも市の取り組むべき重点施策の中で浸水対策がトップにランキングされているしね。

 

ゴミ拾いをしながら水路のチェック
議員になってしばらく、町回りをしながら、水の流れとか水路のあり方とかを確認していきました。自然に逆らった水路や形状なら大雨が降ればどこかで溢れ出しますから。合わせて、道路や水路に吸い殻やペットボトルが落ちてましたから、ごみ用のハサミを持ってゴミ拾いもしてました。今の季節になら朝4時過ぎから約2時間近く、町内だけでしたけど、回ってましたね。

水利組合の先輩方や市の担当に教えてもらいながら、水路と水の流れる方向を住宅地図にチェックしていきましたよ。ゴミも多い時ならゴミ袋2杯近くありましたよ。自然の流れは南やのに、水路の流れは東方向というのはどうなの?とかね。大雨だと水路から溢れた水は水路とは違う方向へ流れてるんですよ。とにかく懸命に地図を作成しました。

 

平成23年9月に12号台風が市内全域に大水害を起こしました。それで、なお水害対策を最後まで取り組むと。その時は他のこと放っておいても、それをやり切ると。それが、お世話になってきた、育てていただいた皆さんへのご恩返しになると。今ではようやく曽根地区である程度の目途がついてきましたから、他の地域へも目を移しています。自然に逆らうことしたら絶対にアカン!ということをあの23年の9月の被害を見て、つくづく思い知らされましたね。


平成23年9月の大水害以降、かなり予算を投入して水害対策を中心に治水対策に取り組んできてもらったおかげで、だいぶ良くなってきました。30ミリ40ミリの雨なら道路冠水もあまり出なくなりました。

作成した水路地図が改修事業に役立ってる箇所があるので良かったです。でも、私の描いている最終形にはまだなってないんで、これからさっき言ったようなポンプ場の手前の水路チェックが重要ですよね。

例えば、去年の7月14日だったと思うんですけど、午後2時から4時まで約2時間、ゲリラ豪雨がこの辺にやってきたんですよ。1時間で32ミリ降りました。道路冠水も出ないはずなんだけど、私の自宅付近で道路灌水が一部出ました。一瞬でしたけど、約15センチほどの冠水でした。私は何でや?おかしいという思いで、市の担当に伝えて調べてもらいました。その先に島の川ポンプ場が新設されてたんだけど、ポンプ場流入する水路の形状が良くなかったということで、今年度に改修予算を計上してもらって、改善される予定です。

 

子育て支援も大切
一番は水害対策ですけど、やっぱり子育てですよね。水害の問題がなければ少子高齢化対策や人口減少対策も重要な施策ですよ。私も事あるごとにそのことを訴えてきました。

私は市政報告会などで、高齢の方が多いんですけが、元気で過ごせる高齢者の皆さんには少し我慢して頂き、「子育て世代に目を向けないと駄目です。子や孫にもっと投資させてください」と。でないと、高齢者や障がい者への支援もできなくなると。

基本は国の政策が大元ですけど、子育て世代が高砂市に住み続けてもらうためにどうしたらいいのか。高砂市に働く場所がなくても、住まいは高砂にもつことができる町。仕事も市内にあれば一番ですが。


市も色々と意識してはいますが、教育委員会もね。学力もなかなか向上しないし、スポーツも最近はちょっと下降線やし。文部科学大臣兵庫県から出てますよね。今は末松さんですが、地元中の地元の渡海さんも大臣をしてましたからね。国とは太いパイプがあるんですよ。いずれにしても、子育てにもっともっと投資せなアカンと思ってます。お金だけやなく、人の手当てもしっかりやらないと。でなかったら、高砂市の未来は暗いですよ。

 

市の組織のあり方という課題

それとね、市の組織と職員の皆さんを見させていただいて、職員の皆さんは真面目な人ばかりですよ。みんな賢いし、熱いものを持ってますわ。組織も色んな見方はあるにしても、形は出来上がってるし。でも、何故か、組織の中で仕事すると、その熱いものが感じられなくなるんですよ。

組織の中での責任の所在や責任の取り方、上下の関係、職場ごとの人材育成の手法などがまだまだ整理され、確立されていないんでしょうね。私も経験ありますが、上司も自分の立ち位置を守るために部下と接しているんじゃないですかね。部下も馬鹿じゃないですからね。


議員に成りたての頃、庁舎内をよく歩き回りました。真面目にやってない奴が何で昇格するんやということもあったし、「余分なことするな。要らん責任が増えるやないか。」と言う上司がいることも知りました。そんなことで、組織としての成果を挙げられるはずがないですよね。外部研修も必要だけど日々のOJTが最も大切ですよ。私も何回か一般質問で問いかけましたし、今はシステム的にもだいぶ良くなってきてます。組織の中の責任の所在や取り方などを明確にして、仕事ぶりを公平公正に評価し、処遇に反映するなど、やり甲斐ある職場にしないと職員も、結果として市民が可哀そうですよね。

f:id:takasagochoice:20220728162433j:image

Q.高砂市の未来に向けて

 

将来を見据えて、皆で一緒に

高砂市には課題は山積みしてますけど、総じて、明るい元気な高砂市にできると思います。市域、町の形態、歴史、企業群、財力、近隣市町との連携などなど、その基盤はあると思うし、市が将来像を示しながら市民みんなで作り上げる意識と体制づくりが不可欠ですね。

で、気になることがあります。私だけかもしれないけど、市域によって気質の違いを感じるんですよ。

高砂市は旧加古郡の一部と旧印南郡の一部との合併により昭和29年から昭和32年にかけて、今の高砂市の形ができたんですよね。

江戸時代から天領だった地域と姫路藩の領域だったことが影響しているのか、印南郡加古郡の違いによるものなのか、気質が少し違うんですね。うまくいくこともあるでしょうけど、違いが出ることもあるんではないですかね。昔のまちづくりの時に、それが悪い方に出たことがあったと耳にしたことがあります。私も高砂市民になって45年近くになりますが、そんな経験もしたし、長年の営業経験からもそんな違いを感じてました。

さっきも言いましたけど市の将来を見据えて、皆で一緒になって、知恵と汗を出さないといけないと思いますね。それが大事だと思います。でないと、将来的に近隣市町に吸収合併されるかもしれないですよ。今のうちに、小粒でもピリッと辛い、しっかりとした町にしとかないとね。

 

地域ごとの町の色分けからのまちづくり
昭和の高度成長期に海岸沿いに大企業の工場群を誘致して、町の発展に大きく寄与してきた。これは高砂市のまちづくりのメインとして進めるしかありません。高砂市から出ていかれたら大変ですからね。財政的にも、雇用確保や地元の協力会社にも大きな影響を与えますから。大企業との連携は不可欠ですね。

 

海があり、高御位などの山もある。阿弥陀地区の里山や田園風景はぜひとも残したい財産です。そんな自然も残し、活用できるまちづくりを進めないと駄目ですよね。わずか34.4km2の小さな町にこれだけの資源があるんだから、地域ごとの町の色分けをしっかりして、市が都市計画の将来像を明確に持って、県と連携してまちづくりする。

明姫幹線南地区どころか阿弥陀地区の素晴らしい田園風景までも、どんどん様変わりしてるしね。法的な規制や指導も含めて、厳しいくらいのまちづくりを進めないといけませんね。法的に問題ないからと放置してたら高砂市の良さがなくなっていきますよ。

だから、まず町の色分けですよ。

工場地区、駅前商業地区、住宅地区、農業振興地区、スポーツ振興地区、文教地区、医療・福祉地区、海や山と親しめる地区など。そして、それぞれを公共的な交通手段で密に結ぶなどの利活用を高めるような措置も実施する。市民の理解と協力が必要だし、今の町を変えるようなこともあるでしょうから、時間と費用がかかるけどね。

それから、市内に6駅あるけど、中でも高砂駅荒井駅宝殿駅、曽根駅は乗降客が多いし、それぞれの特色を活かした駅周辺整備に取り組むべきだと思いますね。そのためにも、大企業群とまちづくり協議を欠かさず、商工会議所などと、商工業の活性化についても民間の力を活用しながら、さっきも言ったように、市民の皆さんと一緒になってまちづくりする形を作り上げることからですね。

 

正々堂々と取り組む立場を守りたい

私は市民の皆さん誰もが安心して住める町にしたい。まずそこから。高齢者の方、障がい者の方、子育て世代、それから子供たちが、できれば笑顔で、それぞれがそれぞれの世代やそれぞれの地域で過ごせるような施策や取り組みをする。それは市民と一緒になってやらないと、痒い所に手が届くことになりませんよね。

どの方向へどう取り組むのかを市が示しながら地域の皆さんを上手く巻き込んで、市長も職員も汗をかかないと。

必要なら予算も組む。人材も投入する。で、繰り返しになりますが、市民の皆さんと話し合える場をできるだけ多く持つことが、これからの市の生き方だろうと思いますね。

 

今の時代、市民の皆さんのご意見要望は多種多様な生活様式からも、本当に千差万別ですよ。

私たちが子どもの頃と違って、それぞれの立場や立ち位置を十分理解し、尊重した上で対応しないといけない時代です。

そういう意味からも、市の担当者は本当に大変だと思いますよ。彼らは法や条例を逸脱して仕事はできません。私たちも市民から色んな意見要望をお聞きしますが、議員が仕事して結果を出すわけじゃありませんから、職員が胸を張って要望に取り組めるようにしてあげないと駄目だと思ってます。要望された市民にも出来れば要望通りにしてあげたいですからね。だから、出来るための努力は惜しまず、職員と喧々諤々(けんけんがくかく)でやり取りしてます。

でも、端から出来ないと判るような無理難題は断る方向でお聞きしておき、出来ない根拠を示して理解してもらうようにしてます。

市民の要望にはできる限り頑張る。それは私の仕事。

仕事する市の職員には余計な負担をかけさせないようにする。それも私の仕事だと思ってます。

胸張って仕事に取り組んでくれるためにも、職員の立場を尊重してあげないといけませんよね。

冒頭に言いましたように、市民の皆さんにも、市の職員の皆さんにも、議員の立場で、これからも正々堂々と活動に取り組み続けますよ。

 

f:id:takasagochoice:20220728123119j:image

選挙事務所

高砂市曽根町440-6

079-448-7562

 

ーーたかさご選挙.comレビュー・藤森誠さん

信念を軸に、正々堂々取り組む

自身の信念に基づいて活動されている方で、好き嫌いや、できるできないをはっきりせて、正々堂々と取り組まれている姿勢が魅力の議員さんです。強面の印象が強い写真が多いですが、お会いしてみると、気さくで、むしろ親しみやすい方で人情に厚い面があります。何よりもまず、市民の命と暮らしを守ることを第一に、活動されています。おばあさんのエピソードなどからも、地域に慕われていることが伺えます。治水に特化した形になっていますが、根本は市民のいのちとくらしを守ることを大切にされています。

高砂市議会議員・新政会・現職4期目。広域ごみ処理施設対策特別委員会委員長・建設環境経済委員会・高砂市都市計画審議会委員。高砂防犯協会曽根支部長。

f:id:takasagochoice:20220729153151j:imagef:id:takasagochoice:20220729153202j:image